NEXUS III 夢シラカワ・花シラカワ(商環境1991年5月号)

商環境1991年5月号
社団法人日本商環境設計家協会
Afra & Tobia Scarpa  アフラ&トビア・スカルパ

仕事を実際に進めて行く際、それが大きなプロジェクトだから重要だとか、逆に小さいからどうでもいい、そんな形で優先順位をつけるのは妥当ではない。規模の大小にかかわらず、プロジェクトの本当の楽しさ、面白みというものは、テーマの内容に複合性があるか否か。これこそ我々の興味をそそる最大の関心事なのである。

先頃、京都で実現を見た、我々の日本で最初のプロジェクトは、その意味でも実に楽しく、満足のいく仕事だった。常日頃から日本の伝統や文化の優秀性を高く評価し、また感服してきた我々にとって、伝統的建造物の内側のインテリアデザイン、それもわずか数坪という限られたスペースではあっても、この国との気軽な出会いに恵まれたことは、まさに幸せこの上ない。

我々のもつ文化とはまた異なった日本の文化を遵守しながら、その理解に努め、そして体験してみる。それもほんのつま先だけちょっと足を踏み入れて、といったようなアプローチの仕方は、我々の最もお気に入りのやり方なのである。

〈NOTES〉

伝統的な町家が軒を連ねる京都の祇園新橋地区。イタリア・ヴェネチアの建築家、スカルパ夫妻が デザインしたのは、そんな町家の外観そのままを復原した内世界「ネクサス III」だ。

ファサードをくぐり、鉛の板が敷かれた階段を渡ると、1階がラウンジ形式のクラブ「夢シラカワ」、地下1階にカウンター形式のレストラン&バー「花シラカワ」が広がる。スペースはいずれも10坪程度、空間構成も極めてシンプル。それだけに一際目を引くのが、その独特な色彩感覚である。イタリアから持ってきた色見本を忠実に再現したという壁面や天井には、20色近い色彩が規則的なリズムをつくりだし、まさにヴェネチアン・アーキテクトの面目躍如といったところである。

海外建築家、とりわけ欧米デザイナーが日本で仕事をする場合、もちろん施主の意向にもよるのだろうが、いわゆる“西欧”をそのまま持ち込むのが一般的なケースだ。だが彼らが京都に残していった仕事の跡を見る限り、ちょっと事情は違う。「ネクサス III」の店内にたたずむと、ヴェネチアの優雅な色彩のハーモニーの中に、不思議と「和」の風情を感じ取ることが出来るのである。周辺の立地特性、文化背景までを読み取り、その解釈に努め、それに見合ったアプローチを繰り出す。京都の町家という最も日本情緒を残す器を得て、彼らが導き出したのは、ひょっとすると「伝統文化への敬意」という解答だったのではなかろうか。