建築と社会 1991年第9号
社団法人日本建築協会
NEXUS-III 中塚重樹
建築家(デザイナー)を選んだ経緯、及びどのようなデザインを期待したか?
重文や国宝に囲まれた伝統文化都市・京都は一方では映画や興業といった大衆芸能のメッカでもあり、京の着だおれと言われたファッションの都でもあった。かつてのように娯楽の少なかった時代にはここは最も刺激的なモダンシティーでもあったわけである。昔からの京都人は進取の気性に富んだ新し物好きなのである。いつから古い形を守るだけのつまらない街になってしまったのだろうか。
伝建地区である祇園 白川に飲食店の新しい提案をしたいと相談があった時、私は即座に外国人建築家にデザインを依頼しようと決めた。古い木造の町家が並ぶ外観に対して、内部空 間にイタリアデザインという異文化を挿入することによって引き起こされる何かを期待したためである。伝統を継承させるには常に新しい試みとの競争や闘いから生ずるエネルギーが必要だと考えるからである。異国より送られてくる壁面の仕上げサンプルは10数坪のスペースに20色以上もの色を使うという驚くべきものだった。
しかし、出来上がってみるとそれらは実にしっくりと違和感なくなじんでしまった。図らずもこの街の伝統と言われるものの本質が証明されたようでもある。
地域との関わりにおいて、プロデューサーとして建築(インテリア)デザインをどのように位置づけたか?
この場合、この地域の抱える保存と開発という対立する問題をそのままデザインのテーマとした。すなわち木造の外観とRC造の内部空間、和と洋、過去と未来、のそれぞれの対比といった具合である。
デザインは店舗経営にどのような影響を与えるか?
デザインは魅力的な店舗を構成するひとつの重要な要素ではあるが、現在はデザインのみが突出する というオーバーデザインが問題となっているようだ。特に飲食店の場合は、味・サービス・雰囲気のバランスが崩れると実に居心地の悪い店になってしまうだろう。
建築家トビア・スカルパ氏は京都を訪れた時、古いお茶屋をそのまま使った小さなBARをとても気に入ってこう言った。「この店は1人の人間が設計したものではなく、代々ここに住みここで商売を続けてきた人達によって少しずつ使い易いように変えられてきたものだろう。いわば歴史が造ったものだ。居心地の良い空間とはそうして出来てゆくものだ。」
そうだと思う。店舗のデザインは出来上がった時がベストではなく運営する人間が少しずつ自分に合わせて変えていって徐々に完成してゆくのが望ましい。